かり一本ずつ売って貰いたいといって申込んだが、先方では取り合われなかったと思っている、然し、それを三本ずつか何かにして仮名を少し余計に買ってそれからケースを三枚ばかり買い込んでそれで手前印刷をはじめたのである、漢字は大抵の場合は片仮名で間に合せることにして、それから手紙の代りのようなものを組みはじめて見たのだが、それからそれと材料を買い入れ、やがてケースも二十枚ばかりになり、活字も数万個を数えるようになって「手紙の代り」だの「聖徳太子の研究」だのという小冊子を拵えては知己友人に配布していたのである、印刷機は今は校正刷に使っている式の手引という原始的の平版であった、その古機械を三十円ばかりで買って据えつけ、それへ自分でインキつけまでして刷り出したものである、組から刷から活字の買入、紙の買出しに至るまで一切合切自分でやって見たのだが、この道楽は実に面白くて面白くて堪らない程であった、活字を拾って組むという事は彫刻をすると同じような愉快が得られる、余り面白いので熱中してしまって病気にかかるほどであった、そうして追々術も熟練し、活字も殖えて来るに従って、これで一つ大菩薩峠を出版して見てやろうと
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