る。
そこで自分は遺言のつもりで申し遺して置きたいことがある、文字についてばかりではない、自分の有形無形に遺される処のものに就いてここに少しばかり書いて置きたいものだ。
第一 自分の著作は今も全部統一されているといってよろしいから、このままでいつまでも独立統一した出版所の手によって進行せしめて行きたい、それより来る収利については相当に分配して行きたいものだ、必ずしも親類身寄というものでなくてもよろしい、最もよく著者の著作を理解するものによりて保護存養せしめて貰って行けば結構だが、遠い将来のことは是非もないが、国家が著作権或は登録権を保護する限りそうして行って貰いたいものである。
第二 著作に伴ういろいろの興行権は著者一代限り、如何なる事情ありとも他に許可しないこと、出版は直接に著作の精神を読んで貰うことが出来るが、興行複製となると著者の目《ま》のあたりの監督がない限り著作の精神とまるっきり変ったものが出来る憂いがあるから、これは出来得る限りの手段を尽して永久に謝絶禁断してしまいたい事。
第三 余の蔵書遺物等はすべて大菩薩峠紀[#「紀」に「(ママ)」の注記]念館に永久に保存して貰うのが当然だがそれには紀念館を法人にするとか、多くの維持資本を置くとかしなければならないし、それが出来たところで日本の国情では個人や民衆の力ではなかなか管理が六カ敷かろうから、もし紀念館も解散が有効であると見るならば相当の人の評議をもって解散をしても差支えないこと、解散の評議員としては隣人座談会へ常に出席して下さる諸君をお頼み申すがよろしいと思う。
第四 蔵書は紀念館に保存するが不安ならば一まとめにして帝国図書館に寄附して貰いたい、帝国図書館で相当の好意を以て受付けてくれれば結構だが、受付けてくれない時は誰か有志家に一纏《ひとまと》めにして引取って貰うこと、その場合は外国人でも苦しくない、それも然るべき人が見出せない時はすっかり売り払って差支えないこと。
第五 大菩薩峠をはじめ著者の自筆原稿も右に準じて処分をするがよろしいこと。
第六 かりに若《も》し小生に多少の動産不動産があったとしてその場合は半額を余の親族のもので縁の順序によって分つがよろしい、その半額は可然《しかるべく》公共的の事業に使用するがよろしい、尚お配分方法に就いて余が書きのこして置いた時はそれに従って
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