のようにコトンコトンと床を踏んで、歩き廻っているのを眺めていた。その背は、彼の眸のなかで、おかしく歪んだり、ふくれたり、伸びたり縮んだりしていた。実際、彼は博士が彼自身の方を振向くのを待ち構えていた。しかし博士はうつむきかげんに床を睥《にら》んで、靴で床を蹴りながら言いつづけた。
「あ、そうそう、青沼君はそう言ってました……で、失敬だが、君の主要なる研究は、何についてでしたか。」
彼は危く、「雄弁なる博士」と言うところであったが、それを呑みこんで応えた。
「宝石です。」
「A GEM」
「A PRECIOUS STONE」
博士は笑いつづけて、窓の外を眺めていた。玄関の太い石柱が見えた。彼は博士の顔を見た。
「ほ、それは大へんな御熱心……ま、考えて置きましょう。ふ、ふ、ふ、ふッふ……」
彼は恥を感じた。……外を歩きながら、彼は非常に恥じたのである。「考えて置きましょう。」彼はこの言葉を考えなければならなかった。倫理学と実生活との間には、萎縮《いしゅく》し疲労した智的のワルツが繰返されている。彼は幻のように飛び廻っている町の人人を眺めながら、こんなことを空想して歩いていた。そうし
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