。人間は一種のマニアのポーズを持っている。そのために彼等は人間らしく見えるのである。そうして彼等は人生の矛盾を中和して行く技巧家である。彼は何か纏《まと》めてみようと企てていたが、それは全く無益のことであった。それどころではない。彼は自分の陰謀者のたましいを見た。この怕しさ、この苦しさ、この快さは、彼自身を悲しませなかった。そうしてその陰謀者が逃げて行ったということは愉快に感じられた。こんな思いに耽《ふけ》りながら彼はひょっくりと、十間とは離れていない杉森の間を透して、北向いにある墓地の最初の列の石塔が、部屋から洩《も》れる電燈に、その半面を鈍く輝かしているのを見た時、自分のたましいがひやりと慄《おのの》いたのを感じた。そうして彼は日毎に見|馴《な》れすぎているこの墓地が、常と違って振向いても見たくなかったので、直ぐカーテンを引いた。カーテンの環はかすかに軋《きし》んで、その響を消したと同時に、セピア色の染のはいったカーテンは、彼の眼を外界から遮《さえぎ》ってしまった。カーテン自身がひとりでそんな作用をしたかのように。
彼は自分の耳朶の暑く燃えるように火照《ほて》るのを感じた。誰かが――確かに彼の陰謀者であるに違いない者が、彼の悪い噂をしているに相違ない。これは彼にとって、彼自身が殺されることよりもつらいのである。そうして実際、真実の出来事は、そうしてまた真実の出来事になり得る可能性のあるものは、弾《はじ》けるような力強さで、こうした観念を無意のうちにすら呼び起さしめるものである。これは一種の体流的の作用であるに違いはない。彼はどうしてもそう信じない訳には行かない。それともそれは、彼自身のように、たましいの影さえ抱かないようになった者が、常に心を苛立《いらだ》たせて、神経過敏になっているその役にも立たなくなった焦噪の証拠を、何か別の事物へなすりつけようとする僻《ひが》み根性であろうか。たといそれが僻み根性であろうとも、彼は自分でひととおりは考えてみなければならない。――
「世には軽蔑というものがある!」
彼はペンで書きつけるように、心へ言った。彼の躯を掩《おお》うものは、全くその軽蔑に外ならなかった。何ものとも名ざされない者が、彼を軽蔑し侮辱しているというこの無作法な事実があればこそ、彼はそれを感じて気を腐らし、最後には自分へ向ってさえ怒り出すのである。否、その軽蔑その物は、それ自身の価値を持っているのだからそれでもいいが、彼自身に堪えられないことは、この軽蔑をもって、人を踏んだり蹴《け》ったりするように、寄り集って来ては慰みものにして痛快がっていることであった。その侮辱と嘲弄とは、彼にしてもどうして感じない訳には行かない。それは彼自身の敵である。それともそれは、彼自身の幻影であろうか。彼はこの明るい日の下に自己欺瞞に陥っているのであろうか。そうすればそれは、二重の欺瞞に変えられないとも限らない。彼は単にその幻覚に酔いつぶれているのであろうか。彼は自分の不幸に惑いながらも、「不幸と鉄の三解韻格」を謳《うた》った人の真似をしようとしているのであろうか。しかしそれを謳ったジョン・カーターその人は、泣ごとや不平をこぼしたことすらなかったではないか。その人は笑い声一つさえたてなかったではないか。紙屑とボール紙との貼り合せであると思っていたこの世が、その人には神の烙印《らくいん》と見えたのであろうか。それにしても、彼は泣きごとや不平をこぼしたことが、果してあったであろうか。それが若しもあったとするなら、馬鹿気たことではあるまいか。二重の欺瞞に魅せられて憤恨を蹴散らすとすれば、彼は本当の道化者と何らの変りもないではないか。
「道化者!」
彼は、誰かが囁《ささや》いたかのように、こう囁いた。彼は妙な気持ちになってしまった。彼がこう囁いただけで、内側のない紙屑とボール紙とで貼り合せられたこの地球儀のような地球が、げっそりとひしゃげてしまいそうに思えた。
彼は割り当てられたその役を踏み外《そ》らして途方に暮れていると愚かにも考えるが、どうやら彼は道化者としての役を振りあてられているらしい。そうして彼は何とでもして生きなければならない。彼には並外れた野心のあるためではないが、そうしてまた、よしそんな野心があったにしたところで、彼はその犠牲となるのは好ましくないのであるが、彼は自分の家族と生活を共にしなければならないのである。一生にたった一度より外は持てない親――彼の父親は最早この絢爛《けんらん》な空気を呼吸してはいない――たった一人の片親である母親を養わなければならない。それは彼自身の義務である、その義務を果すために、彼は生きなければならない。これは彼自身の空《うつろ》な言葉でないと同時に、彼の妄想でもない。彼はその義務を果すということを
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