殖学なるものはミュラー・リアーの代表的なブルジョア社会学的[#「ブルジョア社会学的」に傍点]な比較法と切っても切れない立場を云い表わしてはいないかと思う。そうするとマルクス主義的ゲネオノミーとか唯物論的ゲネオノミーとかいうのも変なものではないかと思う。この方面の唯物論的研究があまり進んでいないから、こういう一時的な代用物も無意味ではないが、とに角本物でないことは忘れてはならぬ。
それから訳であるが、現象学[#「現象学」に傍点]というのは何かと色々考えて見たが、ヘネオノミー[#「ヘネオノミー」に傍点]の訳であるらしい。処でヘ[#「ヘ」に白丸傍点]ネオノミーは、ゲ[#「ゲ」に白丸傍点]ネオノミーの発音の仕違いだろうと思う(ロシア語ではHとGとが一つだから)。それにしてもなぜ之を現象学[#「現象学」に傍点]と訳したかは私には判らぬ。一寸気になるので読者への注意までに。
(一九三四年・ナウカ社版・四六判三二〇頁・部分訳)
[#改段]
5 M・N・スミット著 堀江邑一訳『統計学と弁証法』
スミット女史はソヴェート連邦に於ける統計界の実際家であるという。それだけのことから見ても、こ
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