ても、カトリックの復活が余りに著しいものであって、例えばハイデッガーによれば、真理というものは、科学によっては真に把握されない。何によってかと言うと、感情によって把握される。
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 そのハイデッガーが言う所の形而上学的実在が、人間にひらかれるところの感情は不安の感情である、そういうことを『形而上学とは何ぞや』と言う本の中で述べている。
 斯う云う風に大体にハイデッガーの根本思想とでも言うものは、一方に於て科学を否定し、不安の感情といった様なものを強調し、これによって結局は宗教に逃れている……
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戸坂 なぜ科学の否定が今日必要であると考えられているかが問題でしょう。
C 人間の根本的な存在が不安だというような斯ういう哲学が、現代の社会情勢に、どういう連関を持っているか……そういうことがなお重要問題として残されていると思います。
B その問題については、例えば、ハイデッガーやヤスペルスが科学的認識の代りに不安の感情という様なものを持ち出したり、シュペングラーが因果性の代りに運命の概念を持って来ると云っ
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