ところが読書家の大半が、恐らくこのアレキサンドリア派なのである。ただそのアレキサンドリアン振りが、比較的馬鹿げていないかいるかの差はある。しかし実は、本を読むことから少しも利口になるのではなくて、却って読めば読むほど、頭が悪くなるという点で、同じ本質のものなのだ。現に今の私自身、この間偶然ペリーの本などを読んだものだから、そんなものを引合いに出さなくてもよいのに、何か文章に色艶でもつけようというような潜在意識で、アレキサンドリア主義などという衒学的な言葉を使って見たくなったのである。私の思想、それはここでは、文献学というものが軌道を脱線すると文化にとってどんなに有害であるかということを指摘論証しようという思想だが、この私の思想は、こういう「読書」によって一見豊富になったとも考えられるが、同時に著しくレディー・メード化して貧弱になったとも思われるというようなわけだ。
本が如何に人間を馬鹿にするかということについては、昔から色々の人が述べているが、それは決して逆説ではなかったのである。いわゆる読書子には、案外特色のある思想家はいないというのが、事実ではないだろうか。本を読まない人間の無教
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