従って合理的に運用せられるに過ぎない、」と云っているが、その「大資本の株式会社」とは一体資本主義[#「資本主義」に傍点]の意味に於ける株式会社であるのかどうか。まさか株式会社そのものが科学主義的[#「科学主義的」に傍点]であるとは云えないだろう。もし株式組織そのものが科学主義に依るべきならば、氏はその方針を科学主義工業の重要な一項としてつけ加えた筈だからだ。科学的な株式募集や科学的な配当法やを決定せねばならぬ。恐らく現行商法を科学主義的に改革しなければならなくなるだろう。して見るとどうも株式会社自身は資本主義的な商法に則った株式会社の謂であろう。資本主義に則った株式会社の資本が、「資本主義下の資本と異る」とはどういう意味か。「情実と私利」を除くことによって、資本主義的資本が他の資本に転化するとは信じられない。勿論資本主義を離れても企画[#「企画」に傍点]ということは成り立たねばならぬ。だが大河内氏の科学主義工業は、資本主義的でない[#「ない」に傍点]処の社会的企画を立ち処に確立出来るというのであろうか。
 資本主義に対立するものを科学主義と考える処に、一切の困難と矛盾とがあるのである。
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