けのところによるのだ。之ではまるで、最も良心のないデマゴーグがリアリズムもそっちのけで、あれこれの材料を持出して来て、デマをまき散すのと、結果に於ては少しも変りがない。正直な印象から云って、そういう印象だ。サンセリテとリアリズムとによって信用されているジード氏にとっては、少し痛ましいことだと云わねばならぬ。――読者は誤解してはならない。ジードの挙げた材料が本当でないと云うのではない。私には之を批判すべき材料が手許にないから批判はさし控えるが、ジードへの信用によって、私はこの材料が恐らく本当のものであろうと信じている。だが、それにも拘らず、『修正』全体は結局に於て、嘘であると思われる。少なくともジードがああ云う限り、あれはジードの嘘である。あのジードは純粋ではない。何等かのヴァニティーに捉えられている。尤も之はジードだけの現象ではない。文化主義者一般に、極めてあり得るところの現象なのだ。
[#地から1字上げ](一九三七・一一)
[#改段]
〔付二〕「科学主義工業」の観念
――大河内正敏氏の思想について――
元貴族院議員、子爵大河内正敏氏については、個人的に殆んど
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