が出来ない。戦争と帝王との歴史が無意味であるのは云うまでもないが、社会構成に従うエポックから出発することによって、結果に於て依然として政治的[#「政治的」に傍点]エポック(新しい時代分けでもよい)を結論するというのが、歴史叙述の本道ではないだろうか。之によって初めて社会史の認識は具象的になるのである。その意味で経済史的文献の引用の類は本書では多少比重を失して多すぎるようで、之は補注でリファーする方がいいと思う。ブルジョア的教科書のひそみに倣うのでは決してないが、ブルジョア的教科書の大衆に対する説得力も、唯物論的教科書の大衆性と市民的通用性とから云って、現代、意味のあることだ。それからもう一つ、著者の調子のよい文調は考証的又理論的な推理の厳密さを忘れさせるような個所も時にはあるようだ。――だが要するに本書の教科書的な価値は絶大であり、その現代に於ける社会的意義は重いと断せざるを得ない。
(一九三七年四月改版・白揚社版・菊判四八〇頁・定価二円)
[#改段]
17[#「17」は縦中横] 小倉金之助著『科学的精神と数学教育』
小倉金之助博士が二十余年間に渡って選集した評論集であり
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