ものとして、或る種の評価を受ける。歴史も亦二つの意味を有つ。ルネサンス以来十八世紀に至る啓蒙や進歩の観念は、十九世紀の、特に反動に立つコントの、歴史観念とは反対であるという意味に於て非歴史的であるが、併し実は之こそ本当の歴史であり創る処の歴史であるという。之がフューシスにぞくする歴史である。之に反してコント風のノモスにぞくする造られた歴史は、過去に向く歴史であり、そこで考えられる進歩は秩序と共にあるものでしかない。然るに「ドルバックに於ける進歩は秩序の否定にあった。」ではマルクスでは如何?
制度と慣習がノモスにぞくするのは当然である(慣習は習慣から区別される)。文化も亦ノモスのものにしか過ぎない。その根柢にあるフューシスは文明でなくてはならぬ、とする。最後に言語の章で、レヴィ・ブリュールの所謂パルティシパション(未開人の論理)が、現代に於ても白昼堂々と通用している天下の情勢に、眼を向けることを知らない社会学者達の愚劣に、釘をさしている。――本書に見られるものは文化主義からの脱却の努力である。だがその脱却が個人主義を結果するというのが、独特な特徴なのである。それからこの個人主義と「合理
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