ではなかろうか」、ああ「順応主義」なる哉(一一二・一一三)。
「したがって現在の情勢に満足の意を表しないものはみなトロツキストと見なされるのである」(一三〇)。「レーニン主義からの逸脱はこれ以上なお必要であるだろうか」(一二五)。
「家族制度――『社会的細胞』としての――や遺産相続制の復活とともに、享楽的な嗜好、私有財産にたいする慾望が、ついに僚友的精神や共有や共同生活の要求を追いこしつつあるように思われる」。「一種の貴族層」(一〇五・一〇六)が出来つつあり、「このプチ・ブルジョア的精神はソヴェートに於て追々拡がってゆきつつあるように思われる」(一一〇)。
「今日のような社会形態に於ては、すべて偉大な作家や芸術家は本質的に反順応主義者である筈だ」(一三六)。だが「最早反対すべき何らかの対象を失ってしまって、ただ流れの儘に流されるだけのことになれば、どうなるだろうか」(一三八)。併ししばらく前にジードは演説している、「ところで今日ソ連邦においてはこの問題ははじめて、すっかり異ったかたちで提出されているのです。即ち、作家は革命家でありながらもはや反対者《オッポーザン》ではない。まったくその
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