ブルジョア社会に固有な文学的ジャンルであり、ブルジョアジーの台頭と共に支配的となり、ブルジョアジーの没落と共に崩壊に瀕する。社会主義的リアリズムはこのロマン形式の崩壊を条件として発展せねばならぬ。その時このプロレタリア的文学的世界観と手法とは、ロマンとは異った或るジャンルを必要とするだろう。社会主義社会の特色は、個人と社会との間にギャップの代りに組織があるということだ。そこでは再び英雄的行為が可能だ。して見るとこれは再び(併し全く新しい条件での)エポス的形式に達した時期だろう。ロマンはエポスによって取って代られねばならぬだろう、とルカーチは結論している。
 だがここで新しいエポスと考えられるものが何であるかは必ずしも明らかではない。社会主義的リアリズムに基くロマンがエポス的な契機に富んでいることは著名な事実だが、併し今問題になっているのはエポスというジャンルのことであって単に内容上のモメントのことではないからだ。ここに一点疑問はあるのだが、ルカーチの特色づけは美学的に且つ文芸史的に、極めて的確だろう。無論古代以来ロマンはあったとか、ロマンにも色々の分類が必要だとかいう、歴史上や形式上のトリビアリズムを以てルカーチのテーゼを一応批判することは出来ようが(ペリヴェルゼフの如き)、本質的なことは、事実の羅列ではなくて事物の根本的な特徴づけなのである。ロマンの本質がブルジョア社会の文学ジャンルであるというテーゼが、卓絶した真実であることは、リフシッツやグリーブやシルレルの討論によって解明されている。そしてロマンの要素は今後と雖も止揚されて大いに用いられて行くものと思われている。
 本書が日本に於ける文芸活動(創作・文芸批評・文芸学)にとって根本的な指針となるものとして、多大のセンセーションをまき起こしたことは極めて当然だ。近来の文芸論上の収穫の白眉と云わねばならぬ。と共に参考になることは、ソヴェート・ロシアに於けるこの種の理論的検討が、極めて大衆的内容であるにも拘らず甚だ水準が高いということだ(コム・アカデミー文学部編)。
 (一九三五年・清和書店版・八十銭)
[#改段]


 3 シュッキング著 金子和訳『文学と趣味』
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(L. L. Schucking の『文学的趣味形成の社会学』・一九三一年・の訳――初版は一九一三年の『文学史と趣味史』)
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 一言にして云えば文学の社会学である。シュッキングに於ては文学そのものが初めから云わば社会学的な観念の下に理解されている。彼は之を趣味[#「趣味」に傍点]として理解するのである。彼は普通の文化理論で用いられている時代精神なるものをもこの趣味に還元し、そこに文学(及び一般芸術)の内容を見ようともする。この点、このドイツの社会学者はフランス文化の影響の下に立っているようだ(特にブリュンティエールの影響が大きいらしい)。考えて見れば、一体趣味というのは一般に思想が日常生活に端的に現われた断面のようなもので、趣味や風俗を離れて思想の現実の姿は捉え難いとも云うべきであり、今日まで思想や文学に就いて、趣味の問題を真面目に取り上げなかったことは確かに至らない所以だったろう。併しそれはそうでも文学や思想を趣味に帰着させることは、実は文学の社会学化であって、文学の美学乃至芸術学的な観念としては不充分だと云わねばなるまい。
 だが文学の観念それ自体が社会学的に造られているから、文学の諸現象に就いてのシュッキングの着眼点には、到底普通の文学者や評論家や美学者の及ばないものがあるとも云える。例えば今日わが国のブルジョア文壇でも多少話題になっている芸術家の社会的地位とか、芸術と大衆との関係――大衆芸術の問題や批評家としての大衆の意義――とか、文芸家の活動形態や活動施設(協会や図書館其の他)とか、芸術とジャーナリズムとの関係や、ジャーナリズムの文芸上の意義とか、そう云ったものが最もアデケートの形で、と云うことは即ち社会学的にという事だが、取り上げられ、その相当実証的な材料と歴史的な考察とが提供されている。文学の社会性というような問題を考えるについて、一応の出発点として参照を必要とするものだと考える。無論吾々は文芸に限らず一般にイデオロギーの理論に於て、之を単に社会的に[#「単に社会的に」に傍点]分析する段階に止まることは出来ない。之を美学的価値に於て理解すべく社会的分析を行なうことこそ史的唯物論によるイデオロギー論でなければならぬ。その限りシュッキング流の方法は社会学主義でありまだ少しも社会科学的ではない(この点F・シルレル『文芸学の発展と批判』――熊沢復六訳――のシュッキング批判を見よ)。だがシュッキングの特色は、彼が文芸そのものを初めから[#「初めから」に傍点]趣味
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