ナある。ブック・レヴューは之までわが国などではあまり重大視されてはいなかった。評論雑誌は云うまでもなく、学術雑誌に於てさえ、巻末のどこかに、ごく小さく雑録風に載せられているに過ぎなかった。それもごく偶然に取り上げられたものが多くて、ブック・レヴューということの、評論[#「評論」に傍点]としての価値を、高く評価しているとはどうも考えられなかったのである。
 これはどう考えても間違ったことだと思う。現に外国の学術雑誌では、ブック・レヴューに権威を集中したように思われるものが多く、沢山のスペースを割くとか、或いは巻頭へ持って行くとかいう例さえある。学術雑誌でなくても、ブック・レヴューのジャーナリズムの上に於ける真剣な意義は、高い価値を認められているように見える。それに又、文芸評論家や一般の評論家達の登竜門が、ブック・レヴューであるということ、現代の有名な評論家の多くがブック・レヴューの筆者としてまず世に出たという例、これは相当著しい事実なのである。それから又、わが国でも実際上そうなのだが、ブック・レヴューは同じ雑誌記事の内でも、特に好んで読まれるものであるという現実がある。
 こういう事実を前に、ブック・レヴューの文化上に於ける大きな意義を自覚しないということは、どうしても変なことだと考えられる。ブック・レヴューをもう少し重大視し、尊敬しなければならない、というのが私の気持である。処が偶々、東京の大新聞の若干が、しばらく前ブック・レヴューに或る程度の力点を置くようになった。スペースや回数を増した新聞もあれば、ブック・レヴューの嘱託メンバーを発表した新聞もある。その他一二、ブック・レヴューを主な仕事とする小新聞の企ても始まった。この原因については色々研究しなければならないが、一つは所謂際物出版物に対する反感から、本当に読める書物を、という気持が与って力があったろう。読書が一般に教養というものと結びつけられるような一時期が来たからでもあるだろう。尤もこの気運とは別に、最近の戦時的センセーショナリズムは、新聞紙の学芸欄を圧迫すると共に、ブック・レヴューへの尊敬は編集上著しく衰えたのではあるが。
「ブック・レヴュー」を意識的に尊重し始めたのは、一年半程前からの雑誌『唯物論研究』である。実は之は私たちの提案によるのだ。まず評論される本の数を、毎月(毎号)相当多数に維持することが、最も実質的なやり方だと吾々は考えた。少なくとも十四五冊についてブック・レヴューを掲げるべきだとして、そのためには、紙数の関係から云って、一つ一つのブック・レヴューはごく短かくならざるを得ないが、誰も知っているように、原稿用紙三四枚に見解をまとめることは、実は原稿用紙数十枚の努力をさえ必要とすることである。それだけ質は高いものともなるだろう。
 とに角、分量の上で多いということは、ブック・レヴューに圧力を付与するための最も実質的な手段である。之が実施された上で、質の向上を望むことも困難ではない。それに、或る程度以上に数が多いということは、ブック・レヴューの対象となる本の選択から、その偶然性を取り除く点で、甚だ必要なことなのだ。思いつきのように、ポツリポツリと載るのでは、なぜ之が選ばれたのか、またなぜ他の本が選ばれなかったのか、問題にする気にもならないだろう。注目すべき本は、或る程度、又或る方針の下に、やや網羅的にのるということが、ブック・レヴューの権威を高める所以だ。之にはどうしても、少なくとも数の上で盛り沢山でなくてはならぬ。
 以上のような見解の下に、今日に至るまで雑誌『唯物論研究』は「ブック・レヴュー」尊重主義を引き続き実行している。その内容は別の問題として、編集上の精神は注目されていい。現に『文学界』は多少之に類似したブック・レヴューを試みるようになったし、『新潮』と『文芸』とも亦、ブック・レヴューを正面に押し出すようになった。『科学ペン』亦そうである。文化雑誌としては当然なことであるが、わが意を得たものと云わねばならぬ。
 ではブック・レヴューとは何か、というような抑々の問題になると、本書の「ブック・レヴュー論」という文章もあって、今ここに評説する余裕はないと思うが、要するにブック・レヴューなるものは、クリティシズム[#「クリティシズム」に傍点](批評・評論)の一つの分野か、一つのジャンル、であると思われるのである。出版物としての本を紹介批評するわけであるが、問題はその本が出版されることの文化上の意義、その本に含まれている思想や見解や研究成果の文化上の意義、というようなことを評論することの内に、横たわるのである。つまり出版された本を手段として、その背景をなす文化的実質を評論する、ということがブック・レヴューの意味で、そういう評論のジャンルや領野が、「ブック・レ
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