日本人ではないか、と云われるかも知れない、全くその通りである。だが如何に日本的な科学主義工業の観念であっても、科学主義工業である以上は、科学的でなくてはならぬ。大事な処に、農業精神というような、精度を計ることも出来なければ原価計算も出来ないようなものを持って来るのでは、少なくとも日本的科学主義[#「科学主義」に傍点]工業ではあり得ないではないだろうか。
 私は博士が「農村工業」から科学主義工業への転化を進歩であると云った。だがもしその進歩が、一種の社会正義的な常識や農業精神による能率への期待というような精神主義の助けによるものであり、丁度科学主義工業が熟練をば機械によって置きかえたように、この正義感や精神主義的理想を理論によって置きかえ得るのではないなら、之は感情と情緒の上での進歩ではあっても、この点に限って理論的には決して進歩でないと云わねばならぬ。大いに革新的[#「革新的」に傍点]であるかも知れないが、進歩的とは云えないようだ。
「大資本の株式会社であると、すぐ資本主義に堕するように思えるが、科学主義工業下の資本は、資本主義下の資本と異り、情実と私利から離れて、唯科学の指示する処に従って合理的に運用せられるに過ぎない、」と云っているが、その「大資本の株式会社」とは一体資本主義[#「資本主義」に傍点]の意味に於ける株式会社であるのかどうか。まさか株式会社そのものが科学主義的[#「科学主義的」に傍点]であるとは云えないだろう。もし株式組織そのものが科学主義に依るべきならば、氏はその方針を科学主義工業の重要な一項としてつけ加えた筈だからだ。科学的な株式募集や科学的な配当法やを決定せねばならぬ。恐らく現行商法を科学主義的に改革しなければならなくなるだろう。して見るとどうも株式会社自身は資本主義的な商法に則った株式会社の謂であろう。資本主義に則った株式会社の資本が、「資本主義下の資本と異る」とはどういう意味か。「情実と私利」を除くことによって、資本主義的資本が他の資本に転化するとは信じられない。勿論資本主義を離れても企画[#「企画」に傍点]ということは成り立たねばならぬ。だが大河内氏の科学主義工業は、資本主義的でない[#「ない」に傍点]処の社会的企画を立ち処に確立出来るというのであろうか。
 資本主義に対立するものを科学主義と考える処に、一切の困難と矛盾とがあるのである。資本に対立するものが即ち科学だという観念は、資本主義下に働いている技術家が、最も自然発生的に感得する一つの知恵だろう。技術家は自分[#「自分」に傍点]の科学が、常に資本家の資本に対立することを意味する。そこで資本対科学と考えたくなる。だが豈計らんや、この資本と科学との対立こそ、資本主義の上での対立だったのだ。私は一般にテクノクラシー的観念の発生を、こういう風にして説明出来ると考える。わが大河内博士の「科学主義工業」的観念も亦、日本的な農本主義によって色揚げされたテクノクラシー的観念の一つではないかと、推察するのだ。
 科学主義[#「科学主義」に傍点]という言葉が抑々、妙なものである。本当の科学的精神[#「科学的精神」に傍点]は科学主義などという言葉に本能的な不純さを感じるだろう。それは科学の専門家に特有な或る制限された観念を象徴している。特に自然科学専門家の、専門家なるが故に制限された科学的精神を象徴する様だ。之は文学主義[#「文学主義」に傍点]と好一対の仇名として相応わしいだろう。
 だが私は大河内博士の「科学主義工業」の観念の背景をなす社会的地盤を検討出来なかったのを残念に思う。
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(博士は雑誌『科学主義工業』十二月号から、「資本主義工業と科学主義工業」という論文を執筆している。今の処まだ要点に触れる処まで議論が進行していない。だがすでに気になるのは、産業革命を単に科学の発達の功績に帰しようとし勝ちな点の見えることだ。その科学の発達自身が、却って技術的社会的な要求に基いて行なわれたという、より根本的な関係にあまり注意を払わないらしいことだ。科学から第一テーゼを出発させるという意味で、ここでも氏が科学主義[#「科学主義」に傍点]的な工学者であることを、吾々は忘れてはならぬ。)
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[#改段]


 ※[#ローマ数字4、1−13−24] 書評




 1 マルクス主義と社会学
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――住谷悦治氏の『プロレタリアの社会学』に就いて――
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 元来「社会学」なるものは、近世ブルジョアジーがその市民的生活の自己認識を一般化するために造りだしたところの、ブルジョアジー特有の、一種の告白科学だともいうことが出来る。それは市民生活の理想のための内的闘争と未来への希望とから、始まった。この
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