であるに反して、単行本の夫は実質に於て一年乃至二年を一期とする回転である処に基いて、単行本は雑誌に完全に圧倒される所以を説く。当然なことではあるが、有用な分析だ。評論雑誌の特大号が年四回なのも雑誌資本の年四回の回転率に基くという観察も、仲々警抜である。
第四篇は言葉の問題を文学者の立場から実際的に分析したもので、第三篇と共に、文壇人に必要な参考材料であるだけではなく、文芸評論の新しい領域に先鞭をつけたものと見做してよい。「ローマ字問題雑感」はヘボン式に対する日本式ローマ字論の優越を証言したもので、一寸才気に充ちたものだ。平生文相の漢字廃止論の批評や、メートル法論議も、文化問題として正常に捉えられている。小学読本の文章法の検討も亦一読に値いする。現代文章に対する考察から始めて「将来の文章について」でこの本を終っている。
著者はこの評論集によって、独特な地歩を占める文芸評論家であることを示したと云っていいようだ。その第一の特色は日本文学に対する国際的な考察だ。その第二は日本文壇に対するジャーナリズム機構・国際問題・からする理論的な分析だ。そして第三にこの底に見えかくれて流れている唯物論文化の文化意識である。日本ペン・クラブの書記としての著者は、世間からの多少の誤解もあるように私は思っていたのだが、この評論集は勝本清一郎氏の健在を証明するものであり、それだけではなく、氏が今後の評論界に於ける位置の独特さを約束するもののように見える。日本的論理[#「日本的論理」に傍点]ともいうべきものの強調の雑音が吾々の耳に這入って来る時、本書は啓蒙的な役割を果すことが出来る。
(一九三六年十月・協和書院版・四六判三五七頁・定価一円五〇銭)
[#改段]
9 秋沢修二著『世界哲学史』〔西洋篇〕
本書は「東洋篇」と並ぶべきものであるという。現代日本の哲学界にとって、今の処他に代わるべきもののないような特性を備えた尊重すべき著述である。現在の日本では日本語で書かれた西洋哲学史で纏ったものは非常に少ないのに(波多野博士のもの、桑木博士のもの、以外には著しいものがない)、之は一応纏った体系に基いて概観したものであり、而もあまり小さすぎず又大きすぎもしないもので、ハンドブックとして役立つ性質を充分に備えているのである。だが勿論、重点は之が全巻、唯物論的観点によって貫かれているということにあり、又そこから当然出て来ることであるが、史的唯物論の科学的な歴史叙述方法を具体的に適用して書かれている、という点にある。この二つの点でかけがえのない力作だ。
即ちギリシアから今日に至るまでの世界哲学(西洋篇という名称を仮に用いるとして)をば、観念論に対する唯物論の闘争として可なり克明に跡づけただけではなく、この闘争の消長を時代の社会構成によって首尾一貫して説明することを試みている。本書の最も価値のある部分は、判然と史的唯物論によっている哲学通史だというこの点に横たわる。そして固よりこの史的唯物論的叙述は、哲学が社会に於ける歴史的所産であると共に、そのためにも亦、元来夫が実在の模写であり、従って論理的所産であるという所以を、誤たずに典拠を示しながら実現して見せている。メーリングの哲学史の方法に対する著者の批判は、この本の内容自身によって、生かされている。だから人々は之によって、この本がもつ哲学史叙述としての水準をほぼ知ることが出来よう。
第一篇は「哲学史の方法論」であり、ヘーゲルの哲学史方法とメーリングの夫とを批判することによって、「科学としての哲学史」の課題を決定する。第二篇は古代・中世・近代・の三部に分れる(第三篇は多分「東洋篇」になるのだろう)。第一部古代の第一期(ミレトス学派からデモクリトスまで)は古代唯物論の確立を、第二期はソフィストから(プラトン・アリストテレス・を経て)エピクロスまでの観念論と唯物論との闘争を、第三期はギリシア・ローマ・哲学の観念論的堕落を取扱う。この時代区分は一見従来の哲学史の夫とは別ではないが、この区分が見事に唯物論と観念論との間の消長を意味していることを、読者は初めてハッキリと知るだろう。この点今の個処には限らないのである。古代哲学は本書の内でも最も力が這入ったものではないかと思う。特にその社会的背景があまり之まで注目されていない古代の哲学者達と、その哲学との社会的階級的分析は、教える処が多い。例えばデモクリトスの評価やソフィストの再評価や夫とソクラテスとの対比などは、当然なことではあるが事柄を非常に明確にしている。プラトンとアリストテレスとの思想上及び階級上の対比も示唆に富んでいる。奴隷制と古代哲学との一貫した関係は云うまでもないとして。
第二部中世ではスコラ哲学・アラビア哲学・の思想的・社会的・要約があり、それを通じ
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