。道徳は他方に於て習慣[#「習慣」に傍点]的なコンヴェンションであり又風俗[#「風俗」に傍点]的な満足でもなければなるまい。そうした習俗[#「習俗」に傍点]が社会に於けるより具象的な道徳だ。実はこうした道徳にして初めて、法律の根柢にもなることが出来る。ローマ法は慣習(mores)と切っても切れない関係に立っているという(P・ヴィノグラドフ『慣習と権利』――岩波文庫・三〇頁)。ヘーゲルはこの第三のものを習俗性[#「習俗性」に傍点]と呼んでいるのである。処で社会の習俗で人間の生物的な存在がその先行条件をなすのは云うまでもない。人間とはまず生物的な人類だ。人類とは人間の間に自然的な繋帯として生みつけられる類=性(Gattung=Geschlecht)による人間的結合から来た命名法だ(例えば嬶――Gattin、媾合――Begatten、人類――Menschengeschlecht)。この性行為に基く社会的習俗がそして家族[#「家族」に傍点](乃至家庭[#「家庭」に傍点])でなければならぬ。――人倫の倫は比倫とか絶倫とか云って、「たぐい」であり類であり、根柢に於てそれが性関係に基くことを示してい
前へ
次へ
全153ページ中84ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング