そのものでもなければならぬ。そういう生活意識こそ偉大な真の常識というものだろう。そしてこの道徳を探究するものこそ、本当のそして云わば含蓄的な意味に於ける文学[#「文学」に傍点]の仕事なのだ。モラル乃至道徳は、「自分」が無かったように、無だ。それは領域的には無だ。それは恰も鏡が凡ての物体を自分の上にあらしめるように、みずからは無で而も一切の領域をその内に成り立たせる。
 私が道徳を社会科学的に見ることに満足しないで、何か文学的に見ようとした、と或る種の人達は考えるかも知れない。併し科学が文学に解消でもして了わない限り、道徳を文学の探究対象のことに他ならぬと見ることは、決して道徳に就いての余計な観念でもないし妙な観念でもない筈だ。何となれば、もしそうでなかったら、一体、文学というものは何のために、何をなしつつ、存在するのか。
(第四章に就いては拙著『思想としての文学』〔本巻所収〕――特にその第一項――を参照。)



底本:「戸坂潤全集 第四巻」勁草書房
   1966(昭和41)年7月20日第1刷発行
   1975(昭和50)年9月20日第7刷発行
入力:矢野正人
校正:小林繁雄
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