というのであった。だから科学[#「科学」に傍点]はこの「道徳」なるものを、どこまでも信用しなければならぬ義理合いには立たぬ。――のみならず社会規範と雖ももし階級社会が消えて無くなれば大して積極的な価値を有ったものではなくなるだろう(なぜなら今日までの社会規範は殆んど総て実は階級規範だったから)。だから夫は特に道徳という勿体振った表現を必要とする程に勿体振ったものではなくなるだろう。
いずれにしても「道徳」という観念は、有用なものではなくなる。道徳は認識[#「認識」に傍点]へ解消する。道徳の真理は科学的真理[#「科学的真理」に傍点]に解消する。レーニンはカリーニンに向かって「演劇が宗教にとって代るだろう」と云ったそうだが、丁度それと同じに、認識が道徳にとって代るだろう。否、とって代らねばならぬ。
かくて社会科学的観念によれば、道徳なるものは、この通俗常識が好んで仮定している道徳なるものは、遂に批判克服されて無に帰する。(ブルジョア)常識的観念乃至(ブルジョア)倫理学的観念としての道徳は、科学的[#「科学的」に傍点]でなかった。「道徳」は消滅する。「道徳」は終焉する。
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