リゲンチャを動かす所謂宗教復興は、実は宗教復興でも何でもなく、まして宗教的真理の建設でも何でもないのだが、併しこの現象は現下の日本にとって避けることの出来ないもっと根本的な宗教的痙攣の一つの余波、と見做させるだけの意義はあるのである。この宗教的痙攣は云うまでもなく唯物論の宗教批判に逆襲するためにやる宗教の身振りに他ならない。
唯物論の側からする宗教批判の組織的活動(無神論[#「無神論」に傍点]又は反宗教闘争[#「反宗教闘争」に傍点])は、今日の反動時代に於て決して盛大だと云うことは出来ない。見方によってはそうした組織的な活動は行なわれていないとも云えるかも知れない。処が実は今日、唯物論による宗教批判の活動は断片的であるにせよ、相当日常常識化されて、次第に大衆化しつつあるということは多分否定出来ない。宗教の欺瞞はいつまでも大衆の眼を蔽うことは出来ないからだ。そしてその破綻は例のインチキ宗教現象ともなって現われているのである。
底本:「戸坂潤全集 第四巻」勁草書房
1966(昭和41)年7月20日第1刷発行
1975(昭和50)年9月20日第7刷発行
※誤植の修正には、
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