題を直接のキッカケとするものであったのだが、こうした宗教復興運動は、資本主義社会の有望な発展に勇気づけられたものや何かではなくて、正に日本が之に愴惶として善処(?)しつつある処の資本制の断層化の所産であり、且つ又夫が、その断層化を観念的に蔽いかくすための社会政策の意義を持っていることを、今日知らない人はない。
 所謂宗教復興現象の現われ方は、本来色々あり得るわけだが、今日のは、主に仏教徒僧侶達が、ジャーナリズムの上で、社会の安価な知能分子を動かすという形で現われている。そのためには、旧来の[#「旧来の」に傍点]仏教を打倒して、現代に相応わしい活きた真理ある仏教を弘布せねばならぬ、というスローガンを掲げるのであって、之によって一見宗教批判[#「宗教批判」に傍点]の役目も果すらしいと共に、そうした宗教批判に堪え得る「本当の」宗教を再建しようとする本来の意図をも満足させることが出来るだろう。だから一頃宗教批判のごく端まで、即ち唯物論のごく端まで歩みよっていた幾人かの名を知られた宗教批判者達は、この時とばかり宗教復興運動に飛び込んで了ったのである。――ジャーナリズムの上に現われ精神薄弱なインテ
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