無限とかへの)に基く、という非常に普及している俗説が之である。もう一つは、哲学というものが何か聖人めいたりする観念上の思索や煩悶や達観に帰着するとする卑俗な見解である。この後の方の見解は哲学を例の思想の科学だと云ったあの科学的[#「科学的」に傍点]な性質をば哲学に就いて軽んじるものであって、つまり哲学とただの世界観的常識との区別を抹消して了うものだから、今は一顧の価値も有たない。[#底本では「。」が脱落]問題になるのは、哲学と宗教とが、夫々独自の而もお互いに仲のよい、二つのアプリオリ(先験的な立場)に立つものだという領土協定説である。哲学は学問的な[#「学問的な」に傍点]世界観だ、之に対して宗教はもっと深い又はもっと高い又はもっと切実な信仰に基く[#「信仰に基く」に傍点]世界観だ、というのである。
 併し之は明らかに事実に反する領土協定説に過ぎない。広く観念論[#「観念論」に傍点]と呼ばれているものの多くは確かに宗教に対して協定を取り結ぶことは出来るが(自分では却って観念論を否定するかのように云っている処の観念論も例外ではない)、観念論に対立する唯物論[#「唯物論」に傍点]は寧ろ宗教の
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