世界的宗教や、各種の新興類似の教養宗教・文化宗教・哲理宗教は、かくてインチキや邪教どころではなく、正に正信[#「正信」に傍点]そのものだということになる。之を目して今日の常識的通念は、迷信でない宗教[#「迷信でない宗教」に傍点]だと称している。
 で宗教が「インチキ」であるかないかは、之を見る立場にある社会の常識的通念の如何によるものであって、社会の根本的矛盾に就いて本当の知識を有たない通念にとってインチキでない宗教も、社会の根本的矛盾を見得る通念からすると、紛れもないインチキ宗教なのである。つまり内部に根本的な食い違いを有ちながら、之を意識的にか無自覚にか、何の食い違いもないような円満具足なものと見せかけるものが、インチキ宗教一般の本質だ。――そういう意味に於いて、唯物論的認識論(乃至論理学)から云うと、インチキでない宗教は元来なかったし、又決してあり得ないということになる。ただ今日なら今日という社会の常識的通念によって、その内の一部はインチキで他の部分はインチキでないと呼ばれるに過ぎないので、そうした常識的通念そのものが、唯物論的見地に耐え得ないものなのだ。

   三[#「三」は
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