必然性からいって、単に稚拙で不完全な職業野球へと次第になりつつあるのだからである。
 文部省は例の統制令によって、他に全国中等学校野球統制団体の設立を目論んでいるばかりでなく、この統制令の精神を徹底することによって、国民体育[#「国民体育」に傍点]の問題をも解決しようとするらしい(国民体育会館の設置の計画など)。だが元来から云ってスポーツは文部省や世間でウッカリ考えているようには、ただの体育に帰着するものでないのである。夫は肉体の運動能力を賭ける一つの勝負事として、一つの市井的な社会現象なのだから、之を「体育主事」的に解決することは元来出来ない。ましてこの市井現象を商品とするスポーツ業になれば、文部省の教育行政理想とは何等関係のないことだろう。之は私立大学の教育営業を統制するように統制出来ないのである。精々統制出来るものは、スポーツのイデオロギー的要素位いなもので、例えば半軍事的観念に帰着する「東洋体育協会」の問題などに尽きるだろう。
 スポーツが資本主義的発達を遂げて、もはや「学生スポーツ」とか「体育」とかいう不徹底なブルジョア・スポーツ形態に局限され得なくなると、スポーツの文部省的
前へ 次へ
全451ページ中353ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング