団はベルリン辺りまで出かける費用を節約して、その資本を協会にでも献金した方がいいと考えたような次第であった。――だが第十二回オリムピックの東京開催が決定するに及んで、オリムピックの人気は俄然台頭して来た。処が、それはスポーツとしてではなくて正に国威発揚の一手段としてであったのだ。
 だが、こういう途方もなく歪曲された条件の下に於ても、スポーツそのものは、まがりなりにも急速な一応の発達をするものだ。夫は丁度、官許の展覧会によってアカデミックな美術がすばらしい発達をすることと別ではない。不純極まるスポーツも、実は立派に発展したスポーツたるを失わない。併しそういう意味で発達したスポーツは、純粋スポーツ(?)としては、どんなに水準が高くても、時間も場所もスポーツ用具も有たない日本の勤労大衆一般にとって、本当は何等のスポーツでもないのだ。――之に無理に厚意を有とうとすると、所謂ファン[#「ファン」に傍点]というものにでもなる他はない。サラリーマンなどは、この勤労大衆の欝憤を晴らすために、一同に代ってスポーツ・ファンとなるのである。彼等にはその程度の余裕ならあるからである。

   三 学生野球統
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