父親の社会的地位や職掌からは比較的独立に、子供は子供なりに新しい運命を開拓すべく入学を志望する、という意味が相当に活きていたのに、最近の社会ではそういう新しい未知の運命を開拓するなどということは、例外な場合か空想としてしか許されなくなった。受験者たる子供の家庭の家庭的及び社会的条件が、自然と圧倒的に入学希望の内容を決めざるを得ないように、世の中がなって来たのである。重役の息子は重役に平社員の子は平社員になるように稼業がもう一遍世襲的(?)になって来るように見える。入学試験の責任者が親達へ移行したことの原因はここにあるのである。
社会の表面に現われた秩序が今日のように固定化されて来ると、今までは家庭が社会からの避難所であったり、逆に又社会が家庭からの開放だったりしたのが、今度は家庭自身が社会秩序のただの一延長になり、或いは同じことだが、社会全般が云わば家庭主義社会というようなものになって来る。ここで親孝行と云ったような日本の身辺道徳が、社会道徳のイデオロギーにされたりするのだが、こういう社会では、社会へ向かって伸びて行こうとする子供も、全く家庭化された善良な家族の一員として終始せざるを
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