たのは、支配・管理・労働・の技能ある幹部であった。幹部はその人間圧力から云っても、一般勤労者とは差別された特色又は優越のレッテルを持っていなければならない。それが大学[#「大学」に傍点](帝大・それから官立大学・それから公立私立の大学)、経済連盟で総合大学[#「総合大学」に傍点]と呼んでいるものの、卒業生であったのである。
だがこの幹部の新しい部署が段々減って来なければならぬにつれて、大学出のインテリ失業問題が起る(尤も之は実は一般の失業問題の一環にすぎないのだが)。そこで当然この資本社会の代表者達は、そういう幹部(学士)生産に対する生産制限を答申せざるを得ない。そうでないと、インテリの失業という(多分資本家自身にも責任のある!)社会問題が発生するからだ。――金のかかる(国費も要れば息子の学資も要るし、それに大事な点は雇い入れるにも専門学校卒業生より少しはサラリーを余分に出さねばならぬ)不経済な総合大学[#「総合大学」に傍点]が無用である所以だ。――まして国費をかけて国体に反するような教授や学生を出す大学などは、無用の長物だ、というわけである。
資本家の教育理論は、教育フールのセン
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