だ。で、資本主義のもとに於ける統制経済が、資本主義のレーセ・フェールに相当する貧富対立を是正出来ないように、今日の階級的な教育機会の不均等の原則を改めない限り、如何に中等学校に於ける入学者の分配の公平を期しても、私立中等学校への補助を試みても、学校増設を企てても、要するにそうした「統制」や「社会政策」を施しても、入学試験の必然性を食いとめることは出来ないのだ。
もし仮に一切の無産者大衆の子弟の中から、今日だけの数の中等学校入学志願者を募るとするならば、彼等はその素質に於て(環境による影響は別とする)、今日の小市民層以上からなる同数の入学志願者団とは較べものにならぬ程優秀な、ピック・アップ・チームを構成するだろう。この粒の揃った一団は、之をどういうように分配しようとも、良い学校と悪い学校との開きを実質的に無視し得る程度に止めることが出来るだろうと、私は想像する。それに、もうそういう場合には、頭の比較的悪い中流以上の子弟で以て一儲けしようというような、営利中等学校は存在出来まい。――つまり、今日の良い学校と悪い学校との対立は(そこから今日のような遽しい入学試験競争と受験準備とが始まる)、
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