一体良い学校というのは何かというと、必ずしも教師や設備のよい学校のことではなく、より多く秀才の集まる学校のことに過ぎない。つまり入学志願者が多くて、同じ二百人を取るにもより優れた二百人を取ることが出来るという学校のことだ。処がこの良い学校には入学志願者が愈々殺到するというのだから、つまり志願者の多い学校は益々その志願者が殖える(或いはより秀れた志願者が殺到する)ということに他ならない。之は丁度、資本が大きければ大きいだけ、資本増大の量も愈々大きくなるという資本主義的レーセ・フェールの法則と、本質的に同じような物なのである。
 処がこの良い学校と悪い学校との[#「良い学校と悪い学校との」は底本では「良い学校との悪い学校と」と誤記]対立の原則は、単に現在の凡ての中等学校を公立や官立にして見た処で、決して根絶されるものではない。一旦平等になっても、一寸した傾向がつくと、その傾向は自分みずからを助長して、またまた著しい対立を産み始めるだろう。夫は丁度、資本主義機構の内で、如何に資本の過度の増大や分配の不公平やを修正しても、資本主義の根本機構である貧富対立の原則は停止しないと同じようなもの
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