見上は衰えていない。女と酒(多くは観念的な意味で――特に現代学生のために弁明しておく)が比較的安価に又安易に求められる処は、学生にとっては何と云ってもカフェーだったのである。――処がカフェーも段々高級になり待合化して来たので仕送りでチップを払う学生などでは持てなくなって、直接に資本からチップを払う頭の禿げた例の親爺階級(昔の書生の成人したもの)の方が大事にされるようになったので、学生はカフェーからさえも社会的冷遇を受けることになって来たのである。学生の比較的裕富なものとカフェーとの関係は今でも可なり宿命的ではあるが、併し学生大衆(?)はカフェー営業にとって段々どうでもいいものになりつつあるのが現在の与件である。そこで、保安部によるカフェーからの学生閉め出し案も初めて実行可能になるわけで、営業自身寧ろ之に賛成さえしているということは、大いに意味のある現象なのだ。
だが学生の社会的な弱り目の他にカフェーの問題に就いてもう一つ考えておかねばならぬ条件がある。学生を弱いものにした例の社会推移の、その同じ物質的原因が、最近カフェーにとってあまり有利でない社会的観念を発生させつつあるのである。半
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