レーションである。そして親達は自分達の次のジェネレーションの生活までも保証出来る程に、有産者ではない。そうでなければこそ子供には教育を与えて、出世もさせたいというのであった。従って学生層は平均してその親達よりもズット社会的に経済生活の劣った層であり、又そうした層を約束されているわけで、そこに就職問題の真剣な意義もあったわけだ。
 単に学生がその親達よりも経済的に低い社会層をなし、又約束されているだけではない。社会的待遇も亦学生は最近極めて降下して来た。学生であるが故に許されるという特権は形式的に残っているが、併し学生であるが故に許されないものの方が実質的には比重が大きい。学生は寧ろ一人前の大人となって来た(学生らしくなくなった)のであるが、その大人たるや道徳的に最も抑圧された層の大人として通用しなくなった。之は云わば婦人の位置と似たようなものとなって来た。或いはもっと本質的な類似を持って来るなら、学生は無産大衆化し、更にプロレタリア的な位置におかれるようになって来た。学生運動は労働運動と近接のつながりがあったが、又そうしたつながりのあるものとして取り締られた。
 かくて経済的な能力から
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