て了う。現実に対する計画者としての学生は最も無能な民衆の一群だ。ここに学生生活の歪曲なるものが発生する。
 そこで学生生活のこの歪曲をどうしたらば良いか、という問題になるのである。尤も社会の支配層にとっては、この状態は大して学生生活の歪曲でもないと考えられるかも知れない。学生が学生の本分を忘れて学生運動をやったり労働運動に働きかけたり、又啓蒙運動に携わったりするよりも、今の方がまだしも学生らしくて都合がいいと考えているのが、かくれた事実だ。誰もそんな事は口には出さぬが、支配層の言動を総合するとそう診断せざるを得ない。社会の支配層は民衆のための教育に就いてなど、真面目に考えてはいないと言ったが。本当に学生生活について真面目に考えている人間は当局に椅子は占め得ない。いや社会に於ても足の四つある椅子には腰かけていられないのである。そこで学生生活のこの歪曲をどうしたならばよいか、併しどの点が一体歪曲された学生生活なのか。学生が著しく享楽的になったからか。だが実を云うと享楽ということは少しも悪い事ではあるまい。学生は学生の生活を楽しまねばならぬ。野球がよく軍事教練がよいなら、ダンスもよければ喫茶
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