理からぬことだ。そこで学生は大学や教授に対して可なり八百長的になっている。その結果は、何等の社会的大義名分を持たないような、大学お家騒動などが方々に起きるのであって、之に関係する学生は全く大学の家の子郎党の心算でやっているとしか見えない。以前の学生ならばこういう形の学生争議を、学生の社会的運動に利用しない限り、潔しとしなかったろうに。
 こうした大学の一般的な状勢の下に、併し矢張り一面学生の社会的役割の積極性は、地下水のように浸み渡っていると云わねばなるまい。今日みずから絶望することなどを覚え込んだ学生は、どの道初めから絶望に値いする学生に相違ない。失望する者はサッサと失望させてやるがよい。学生や青年インテリの社会的使命は云わずして明らかなのであり、ただその使命の実行には以前と違って極度のネバリが必要になって来たというだけに過ぎないのだから。学生の社会的意義は本質上変りはしないのだ。

   二 学生の技能と勤労大衆[#この行はゴシック体]

 最近私は学生や青年の問題について、書くことを注文されたり意見を徴されたりすることが非常に多い。何が問題になっているのだろうか。何かが見えない動
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