のだ。
 でこの思想家が、抽象的にも、青年一般なるものを理想主義者だと考える時、之は云うまでもなく単に、青年が社会に対して認識不足であるということを意味しているに過ぎない。そういう青年的理想主義の理想とは、単なる空想か無条件な願望なのであって、之は大体春季発動期と関係のあるフロイト的現象なのだ。青年女子の婦人雑誌的な結婚の夢や、或る種の文学青年の情熱や、又今では比較的目立たなくなったが田舎青年の立身出世癖などが、之だろう。この社会的認識の欠乏は壮年や老人ならば却って、反対にチャッカリした悪く常識的な思想と生活とを産むものなのだが(今日では一定の認識不足なしには社会生活は甘く行かぬ)、それが青年の場合だと、無条件的な野心や冒険欲となって現われるというだけだ。
 之は一応本当なのだから、吾々は之を善いとか悪いとか云うことは出来ないだろう。生活認識の欠乏、生活意識の軽躁さは、無論決して好いことではないだろうが、併しそのおかげで青年が自分の人間の内に眠っている色々の可能性・能力・素質を、偶々発見する機会が少なくないとしたら、之を単純に不健全な認識欠乏とばかりは云うことが出来まい。野心や冒険を惹
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