世界史的に見ても広義の啓蒙期に入れることが出来るだろうし、又その思想史の系統から云って之が所謂啓蒙期の啓蒙思想に他ならぬことは、云うまでもない。だから日本語の「啓蒙」が当時実際意味したものが何であるにせよ、之はアウフクレールングの訳に当る[#「当る」に傍点]と云っても誤っていなかろう。
 尤も啓蒙思想は決してドイツだけのものでもなければドイツから発生したものでもない。夫は経験論乃至唯物論と並んでイギリスの地盤から発生した。ドイツはフランスを経て之を輸入したに過ぎない。処が夫にも拘らず啓蒙という言葉を云い表わすアウフクレールングというドイツ語は、他の国語では云い表わせない「啓蒙」に固有な或るものを意味している。でつまり啓蒙という事実はイギリスから発生し而もフランスに於て大きな政治的な影響を有ったが(啓蒙期はヨーロッパ諸国の文化が斉しく経験した大事な時期だが)、併しその観念[#「観念」に傍点]は(文明とか開化とか進歩とか文化とかからは区別されねばならぬ)ドイツの産だ、ということになる。
 事実啓蒙という概念が何であるかに最も注意を払わねばならなかったのはドイツの哲学者である。クリスチャン・
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