現代文明の弊は、裸の代りに着物を着ているということにはなくて、その着物が身体にとって不衛生な性質を有っているということだ。身体にとって不合理な衣服が身体の正常な発育を妨げている。大体同じであるだろう身体に、いくつもの階級的に異った着物を着けなければならぬというのが、現代文明の衣裳のよくない処だ。衣裳が悪いのではなくて区別を強制された衣裳が悪いのである。――而も同じ同一人が、時々異った衣裳をつけることを強制されることもあるのだ。礼服はその著しい場合だろう。冠婚葬祭から始めて、会談食事に至るまで礼装が要る。之がイギリス・ゼントルマン風の偽善[#「偽善」に傍点]というものだ。勿論儀式は人間を音無しくする。それは社会秩序の安寧に対する感謝の黙祷なのだが、処が現代はこの儀式が段々取り行ない難くなる。ドイツの小市民インテリゲンチャの決闘には依然として儀式があるが。――
礼服が段々役に立たなくなる。又事実吾々は礼服を造っておくことは経済的に仲々出来にくいのである。――かくて問題は衣服[#「衣服」に傍点]の階級性[#「階級性」に傍点]に帰着するのである。
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第二部 教育風俗
11 教
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