ち入って来つつあるように見受けられる。この頃流行る所謂転向の誓約というのは、転向した当人のその後の私的生活を束縛することがその内容となっている。例えばプロレタリア小説から足を洗うとか、西洋画は書かないとかいう、元来が個人の自由な選択に任されるべき私的生活の形式が、そこでは官製のものに引き代えられる。八百屋になっても良いが魚屋になってはいけないというのが、今日の文化警察の権限である。
警察権は今日、公的生活の取り締りの名の下に、私的生活の領域を、無限界に支配し始めている。警察権はその意味で、私的化[#「私的化」に傍点]され、道徳化[#「道徳化」に傍点]される。それは修身化[#「修身化」に傍点]され、倫理化[#「倫理化」に傍点]される。この点は警察権が対応する処の、法律自身の最近の動向と全く一致するものがあるのである。
そして警察権のこの私的化・道徳化・修身化・倫理化を、最もよく利用し得るものは、云うまでもなく、例の風俗警察と文化警察とに外ならない。
三[#「三」はゴシック体]
文化警察は今日主に思想警察となって現われる。思想というものはその本来の性質上、云うまでもなく一般
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