学の様式である以上、之は正に最も論理的な文学的批評だということになる。それは文学としてのクリティカルな(且つペリオディカルな)エッセイということである。
 この論理はしかしただの論理ではない、モラルの一契機としての論理である。そして心理とあざなわれた論理だ。一般に評論は多少とも夫をもっているが、特に社会評論がもっている風刺的性質やパラドックシカルな特色は、ここから来るのである。つまり社会のアクチュアリティーが有つ特有なリアリティーが、モラリスティックに反映される必然の結果がそうなのだ。
 それから導かれる社会時評の文学的特色は、第二に思想体系[#「思想体系」に傍点]がそこに著しく透けて見えるということだ。豊島与志雄の或る文芸時評によると、思想家や理論家の世界はいくらでも書き入れることの出来る地図であり、いくらでも家具を備えつけることの出来る室だという。そうかも知れない。しかしそういうことが果して氏の云っているように常識[#「常識」に傍点]というものになるだろうか、また、文学は恰もそういう常識に安住しようとしないところのものだ、ということになるらしいのは、どうしたものだろうか。私は論理というものをモラルの一つの契機に数えて来た。そのモラル自身には常識とその超克としての文学とが区別されるのである。つまり論理にも「常識」的なものと「文学」的なものとがなくてはならぬ。そして今私は正にこの意味での文学的[#「文学的」に傍点]論理、文学的[#「文学的」に傍点]思想、文学的[#「文学的」に傍点]評論、そして文学的[#「文学的」に傍点]社会時評、を主張しているのだった(「常識」のもっている意味の二重性は別に注目されねばならぬ、同時に「文学的」であることの意味の二重性もまた)。――この文学的[#「文学的」に傍点]社会時評は、恐らく一種の風俗文学[#「風俗文学」に傍点]に属するだろうと思う。
[#改頁]

 7 思想的評論について

   一[#「一」はゴシック体]

 論壇時評は最近、色々困難に遭遇しつつあるように見える。論壇時評なるものが何であるかというようなことは、しばらく措くとして、とに角その月々の雑誌や新聞や又新刊書に現われている論説を批評することは、特にそれが新聞に載る場合、一つの大きな制限にぶつかるのである。今日の新聞はその政治的意見の発表が極めて窮屈であることは誰知らぬ者もない。新聞は雑誌よりも大衆的な普及性を有っているだけに、益々世間がうるさいのだ。処で政治思想を回避しながら、時代の論説を論じようとする程、困難な仕事はあるまい。
 之が第一の困難だが、併し最近論壇時評に就いて指摘されがちな困難は不思議にも、必ずしもこの第一の困難ではない。もう少し安っぽい論拠から来るものである。何かと云えば、雑誌には色々の専門科学上の論文が載るのだから、之を一人で批評して了えるような人間はあり得ないだろう、だから論壇時評は成り立たぬ、という理由だ(専門の「科学」が評論[#「評論」に傍点]などされてはたまらぬというアカデミシャンの独りよがりにも通じている)。之は確かに完全な嘘ではない、実際そういうことが原因で、論壇時評は評論家があまり書きたがらぬものとなっている場合もあるようだ。筆者が書きたがらぬという理由も含めて、論壇時評をやめにした新聞もある位いだ。
 だが実は之は可なり浅はかな推論なのである。一体「専門」の論文が評論雑誌にそうやたらに載るということが多分間違っているのだ。評論雑誌は元来学術雑誌ではないのである。又仮に大学の講義や学会雑誌の「アルバイト」のような「論文」などが載っていても、之をそういうものとして相手にはしないで、「評論」という正金に換算して評論するという見識さえ持てば、困難は大したものではないのである。その換算の権利は次に説明するが。
 それよりも、困難の名に値いするのは、論壇という現象そのもののあやふやな性質にあることを注意したい。文芸時評は今迄の処要するに文壇時評であったが、この文芸時評=文壇時評と、論壇時評とを較べて見れば、それが判る。文芸時評ならば、文壇を中心として(所謂「局外」からでも矢張り同じだ)、書くことが出来る。そしてその時々の一連のトピックというものがある。処が論壇というものが、元来文壇のような意味ではどこにも存在していない。論壇人(?)という者も極めて少ないし、論説という一群が創作欄のように共通の特色を以てどこかにハッキリとして輪郭を持ちながら存立しているのでもない。而も論壇のトピックというのは、実は論壇のものではなくて単に社会に於ける生のトピックに過ぎぬ場合が多い。処でそういう現象を無理に一からげにして、便宜上論壇と呼んでいるのだから、之を相手にする論壇時評は、実際どこから手を付けてよいか、当惑せざるを得な
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