独特な資本制がその独特な軌道に乗り始め、行くべき処にまで行って了うと、支配者幹部の椅子は段々余地を持たなくなる。そしてこの軌道自身に限度があるのだから、椅子の余地は自発的にも益々狭められて行かねばならぬことになる。資本制的支配者幹部の候補生の筈であったこの学生なるものは、段々に幹部候補生の資格を実際には解除されざるを得なくなる。大学を出ても学士様でも、食えなくなって来たのである。尤もこの場合でも、学士様は食えなくても学士様はもはやすでに学生ではないのだし、そして食えなくなれば学生もしていられないわけだから、依然前に変らず学生は学生である限り立派に親の脛をかじって、食ってはいるのだが、併し幹部候補生としての学生の社会的使命はもはや成り立たなくなったのだから、当然学生に対する社会的待遇は悪化せざるを得ない。
学生は学生である限り立派に特権的に食っているにも拘らず、学生は一種の可能的な失業者と見做されることになり、云わば一種の余計者で邪魔者だとさえ考えられて来る。学校を減らし学生の数を制限しろと社会では提案し始める。――だがそれにも拘らずこの現象は半面に皮肉な関係を含んでいるのだ。というのは学生は可能的な失業者であるのだが、それ故に却って又三年なり六年なりの失業延期の特典の所有者でもあるのである。即ち彼等は例えば中等学校を出てすぐ様失業者の資格を受け取るのを避けるために、更に三年なり六年なりの失業延期をするのだが、それが彼等の専門学校なり大学なりの学生生活になるわけだ。尤も之が、高等教育を受ければもっと良い口があるだろうと考えるからでもあるのは事実だが、それはこの失業延期案を、そういうはかない希望で以て置き換えようとする自己慰安の方法に過ぎないのであって、大学専門学校出身者の方が中等学校卒業生より却って就職率が低いということは、相当世間に徹底している事実なのだ。
で今日の学生、特に大学の学生などの可なりの部分は、意識的無意識的に、失業の代りに学生生活をしているとさえ云って良い。そうすれば学生は一つの立派な職業[#「職業」に傍点]で、之によって学生は社会から一定の身分に相応する待遇をだけ期待する権限を受け取ることになる。
例の書生は併し決して社会の一隅を占めるこのような職業人ではなかった。彼等は云わば計り知れない無制限な可能性を蔵した限定し難い茫漠とした層であった。之
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