時間の日本に於ける特別延長を主張しても容易に相手に呑み込めないのは、決して時間の尺度が国際的でないからではない。夫々の国民の歴史が、全く別々で相互の間には絶対的認識不足しかあり得ないと云われているのに、これ等の諸歴史を貫く時間の尺度が国際的であるのは、不思議である。西歴で勘定するか「皇紀」で勘定するか、それとも年号で勘定するかは、物指しの起点を零におくか六六〇に置くかとか、長い物指しを使うかわざわざ短い不便な物指しを使うかとか、いうだけの区別で、物指しの刻み方の問題とは関係がない。
 で時間に就いては、物指しの物理的性質に於ては国際的であるか国粋的であるかという問題はあろうとも、物指しの数字的性質に就いては、遺憾ながら全く国際的なので、問題にならない。
 問題になるのは長さ(及び容積)と重さに就いてである。でこの二つのものを来年の七月からは原器に基くメートルとグラム(之もメートルに基く)とで計らなければいけないという「メートル専用強制」の法律案が出ているのである。すでに軍隊では昔からメートル法で教育をしているし、小学校その他でも十年以来その積りで教育している。エスペラントと同様に、単に
前へ 次へ
全402ページ中60ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング