こで本当を云うと、論文提出者とその審査員との人物が気に入る入らないは別にして、論文そのものに就いて云うなら、審査員の学術的資格を信用して了って全員賛成するか、それとも之を信用する気にならなければ、賛成でも不賛成でもない白票を投ずるかの他はないのである。処がよく考えて見ると之も亦変なもので、教授会の権威から云って、あの論文の良し悪しは判りません、というような態度は許せないことだろう。では欠席するかというと教授会を勝手に休むことは官吏の服務上之亦許されないことだ。
 博士というものが学術優等で且つその上に品行まで方正でなければならぬと仮定する以上、右のような八方ふさがりに陥るのである。処がこの二つの資格は云うまでもなく日本では絶対に必要なのである。第一日本に於ては学術そのものが国家に(社会にではない)枢要なものでないといけないらしいが、その国家で建てた、又は之に準じている大学の学問と之を奉じる人物とは、云うまでもなく国家的見地に立って品行方正であることが必要だ。第二に、併し大学の教授団は、共同研究をする機関などではない、大学教授の研究は各自独立に排他的にさえやることになっているから、教授団
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