偽はとに角として、(こういうことを云うのはあまり好ましくないが)私がかつて氏を訪問した時まず驚いたのは、その整頓された本の並べ方と、机のわきにある電鈴の押し方の守則であった。モールス信号のようなものが書いてあって、幾つ押せば奥さん、幾つ押せばお茶ということになっており、而も夫が自分では覚えていないと見えて、チャンと表に書いてあるのだ。その次に驚いたのは、何年何月の件と背に書いてある「資料」を書架から取り出したのを見ると、之は氏自身の検事調書其他の記録なのである。
 之は氏の人物と研究法との特色を示すもので、之ほど正確・確実・慎重な人物と学問とはメッタに見られぬ処だ。こうした一種の併し軟かな正直さは場合によっては氏を消極的にしすぎるかも知れない。その結果の一つかどうか知らないが、吉祥寺(氏は吉祥寺に住んでいる)を中心として雑草を蒐集する会が最近あるそうで、そのメンバーの一人が大塚氏だが、或る人が、大塚氏のこの心の動きを「批判」した処、氏は忽ち恐縮して理由を具して退会を申し出たそうだ。そういう氏であるから私がこんなことを知っただけでも、慎重に自己批判でも始めないとも限らないからいい加減で切
前へ 次へ
全402ページ中322ページ目


小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ 登録 ご利用方法 ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング