めていた処、法学全集で治安維持法の批判をやったのが発禁になると共に、総長の原××が検事のような態度で追い出して了ったようだ。当時所謂「インタ」や「産業労働時報」を出していた唯一の大衆的調査機関だった「産業労働調査所」に這入り、貧窮のドン底で仕事を続けていたと聞いている。やがて地下に潜って検挙《あ》げられた人だ。死刑廃止論の古典であるベッカリヤを訳して詳しい研究をつけて出版したことは、記憶されねばならぬ。それから杉ノ原氏は上京後日大の講師をしていたが、シンパ網の中心として挙げられたことは有名である。杉ノ原氏との関係から一網打尽にやられた教授は決して少なくないようだ。
 同じく九大を追われた滝川政次郎氏は、東京で三つか四つの大学の教授か講師をしている間に、中央大学でだったと思うが、法学博士になって了った。多少とも左翼的色彩を持ったことのある人で後にこういう社会科学方面の学位をとったことは、異例に数えられる。かつて左翼のシンパとも目された人で医学博士になった人(例えば安田徳太郎氏)はないではないが、それでも京大の太田武夫氏などはそうした種類の単なる懸念が理由で、文部省から医学博士を認可して貰
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