たということである。文部大臣はその見識と落ち付きにも拘らず、何故だか[#「何故だか」は底本では「何故だが」]、そういう教授は必ず処分すると即答して了ったので、決して約束を破らないわが卓越したこの政党人大臣は、その約束を只今道徳的に履行しているのである、と。なる程そうして見ると、文相のこの道徳美談の犠牲者が、他の何人でもあり得ずに、特に滝川教授でなければならないわけが、少しは理性的に理解出来る。だがそうすれば、理解出来なくなるのは、文相のかの見識と落ち付きがどこへ行ったかという点だ。
 某代議士がなぜ滝川教授を選択したかは、本当の処は判らないにしても、一つの仮定を置けば想像上はよく判る。教授は法律学者であり法律の中でも特に切実な刑法の学者だ。処で滝川教授に取って不幸なことは、大抵の代議士という種類の人間が法律書生上りだという事実である。彼等代議士は法律の常識はやや自分の専門だと思っている。彼等は何が赤い[#「赤い」に傍点]ことで何が赤いことでない[#「ない」に傍点]かは科学的に認識出来ないが、彼等の法律常識によってうまく消化出来ないものと出来るものとの区別は認識できる。そこで自分の法律書
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