はないのだが、大体中等学校では家庭[#「家庭」に傍点]を中心にして入学考査すると見ていいだろう。処が高等学校専門学校になると、家庭よりも寧ろ本人[#「本人」に傍点]を中心とする。本人を中心とするのは当然なようだが、本人の人格[#「人格」に傍点]を中心とするのである。十八や十九の者に人格も何も問題になるものかと云うかも知れないが、人格というのは実は思想傾向[#「思想傾向」に傍点]のことに他ならない。そんな子に思想も何も問題になるかと云うかも知れないが、日本で思想というのは社会意識のことだ。即ち社会に対して一定の認識を有っていないかいるかということだ。こういう知識の所有者は教育には不適当だというわけなのである。
 処が子供のそうした「思想」は父親の思想と相当関係があるので、その限りでは本人[#「本人」に傍点]の問題は往々矢張家庭[#「家庭」に傍点]の問題に帰着する。こうなると専門学校以上の学校でも、この意味で矢張家庭が重大な考査資料にならざるを得ない場合が生じる。士官学校などはその典型的なものだろう。これを中等学校に移せば、師範学校の場合になるのである。――家庭の階級的類別と、その家庭に育
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