のである。例えば代議士の職業別を見ればこのことは明らかで、「無職」代議士は決して少くあるまい。けれどもルンペンで代議士というのを見た人はないだろう。それと同じに、職業があったって食えるとは限らない、登録労働者こそその良い例なのであって、月に五日や六日日庸されたところで食える筈はない。だから、云って見れば、失業労働者の登録は、失業者の文字上の定義に従う限り、単に失業者をそれだけ帳簿の上で削るためであり、又実質上の失業者として見れば、却って、月の二十日か二十五日間を失業するということに就いて、登録承認保証されることに他ならない。食える食えないは結局どうでもいいので、出来る限り多数の人間を社会の職業体系に編入することがこの目的で、即ちそうやって社会秩序[#「社会秩序」に傍点]を少しでも堅固にしようというのである。
 失業を単に登録されただけで失業を解消させて見せるこの紙上観念論(Paper−idealism?)の奇術の、選ばれた少数のモデルとなることは、登録労働者の甚だ迷惑な名誉であるかも知れないが、併し個々の登録労働者にして見れば、登録されない場合に較べて、無論良いに決っているから、之は極
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