なくても研究所員になれる「研究所」なのだから、この点不思議はないのである。だが文部省内に置いておけないような札付きの官吏だからして、ここの所長に最も適任だということは、どうも少し不思議な推論ではないかと思う。他のものはとに角、「思想」に限って不良[#「不良」に傍点]官吏によって最もよく善導[#「善導」に傍点]出来るのだとすると、善導の「善」という言葉には余程妙な、世間の道徳意識では一寸理解し兼ねる特別な意味があるのかも知れない。
だがどの途お役所のお役人のことであるから、世間の普通の文化水準から見るのでは見当違いになるかも知れないと思っていると、今度は文部省は相手方のもう一人の「不良」官吏を田舎の大学の学長にすることに決めたということである。では矢張吾々は世間並みの文化水準から物を見、物を云わざるを得なくなる。例の武部普通学務局長は一躍広島文理科大学学長にまで昇格して左遷されたのである。一体帝大や官立大学の総長や学長は官等は局長などより上かも知れないが、余程の例外でない限り、局長級の呼び出しで文部省へ出頭して、局長級に軽く顎であしらわれるのが習慣になっている。今や武部局長はこうした不
前へ
次へ
全402ページ中199ページ目
小説の先頭へ
文字数選び直し
戸坂 潤 の一覧に戻る
作家の選択に戻る
◆作家・作品検索◆
トップページ
登録
ご利用方法
ログイン
携帯用掲示板レンタル
携帯キャッシング