長は、日本精神文化研究所員となり、そこの所長となることになった。
文部省の古手官吏には捨場はないと云ったが、古手官吏の捨場はなくても、不良官吏の捨場は出来ているわけだ。日本精神文化研究所というのは今度出来た思想局の伊東局長が勢力扶植のための予算取りと、鳩山文相の議会に於ける答弁用とに造ったものだとさえ云われているが、名前は研究所でも之は必ずしも研究をする処ではない。少くとも日本精神文化などを真面目に研究する処ではないようである。その証拠には、今まで多数の有名な学者に所長になることを頼んだが、どれもハネツケられたり注文に合わなくて立ち消えになったりしている。研究機関ではなくて良く云えば教悔機関、悪く云えば思想警察機関なのである。この頃では各府県庁に支所めいたものが置かれているので、どこにどういう怪しげな先生がいるかは、掌を指すように判っているということだが、要するに研究と云えばそうした「研究」をする役所であって、少くとも日本精神文化を研究する処ではない。
関屋旧局長が教育行政に就いてどんなに博学であろうとも到底日本精神文化の研究者の代表的な学者とは世間で認めないだろうが、別に研究家で
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