密にぞくするだろう。外国の技術と明らさまに対比して示される筈はないから、結局噂の限度を出ない筈であるが、従って吾々は全く素人なりに、想像する他はないのだが、その吾々素人の想像によっても、わが国の製艦技術が、少くとも非常に優秀なものだろうという見当はつく理由があるのである。
それはこういう理由からだ。わが国の科学や技術は、官公私の研究機関を通じて、恐らく世界的水準からそんなに降っているのではないようである。而もそれは極めて切りつめられた殆んど致命的な少額の研究費で維持されている研究なのである。処が陸海軍になると研究費は桁はずれて豊富であるらしい。無論決して夫で充分だとは云えないにしても大学や他の研究所に較べたら研究は極めて自由だと見ていい。これ程自由な物質的条件にあると同時に、多分特に海軍では人的に優秀な技能を選択し蓄積していると見ていい。聞く処によると明治初年の技術家や数学者の主な者はどれも海軍軍人だったそうだ。で吾々は日本海軍の製艦技術の優秀性を仮定してもいいように思えるのである。之は日本民族の優秀性というような神話的な問題ではないのだから。
処が水雷艇「友鶴」が顛覆したのは、査
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