、その万引自身も亦精々笑い咄しになって了う、ということも出来るようだ。五輪の塔は教授の病的昂奮を外にしては、冷静に見れば彼の社会生活にとって真剣な意義のあるものでないので、教授自身之を大して悪いことだとは思わなかったのかも知れない。
 処が翌日の新聞を見ると、教授のやったことは単に窃盗だけではなく、古墳の発掘という犯罪にも該当するらしい。墳墓発掘罪とかいうものが適用されそうなのである。それは墓石を発掘している時に計らずも白骨が出て来たということからだそうである。こうなるとこの犯罪に対する興味は、もはや教授窃盗事件の興味ではなくて、墓墳発掘、古墳発掘、従って又史跡蹂躙、という事件の興味に変って来る。
 単に教授が泥棒したというだけでは、珍らしくてセンセーショナルだというだけで、社会の何か一定の集団にとって特別の利害があるわけではないから、別に輿論もやかましくならないが、史跡蹂躙というレッテルが貼られると、色々な「史跡」関係者が出て来て、輿論[#「輿論」に傍点]を[#「輿論を」は底本では「輿輪を」]造り上げ始める。鎌倉の社寺の神官僧侶達が、史跡擁護の旗の下に、よりより協議中だということにな
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